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落語が再現芸術でありながら

落語が再現芸術でありながら演劇や舞踏と一線を画して考えられるのは、演劇・舞踏といった芸能が通常扮装を伴って演技されるのに対して、落語においては扮装を排し、素のままで芸を見せるためである。すなわち落語では、噺家は登場人物や話の流れに相応しい身なりや格好をモノ(衣装・小道具・大道具・書割・照明・効果音)で表現することはなく、主として言葉と仕草によって演出効果をねらう。そのために、落語の表現要素は (1) 噺家の芸に結びつく基本的な要素(言葉、仕草)と (2) 1 を助けるためにその場に応じて何にでも変化できるようなニュートラルな最低限のモノ(小道具、衣装)とに区分することができるのである。これは、素の芸であることを前提とする落語の大きな特徴であるといえるだろう。
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一人の話者が聴衆を笑わせる芸としては、ほかに漫談が挙げられる。しかし、漫談が聴衆に語りかける話法を用いるのに対し、落語は主として登場人物同士の対話によって話が進められてゆくことがひとつの大きな特徴といえるであろう。枕の部分を別とすれば、落語の本筋の部分では、必要最小限の情景の叙述(「地」といわれる部分)と、演出上、話からはなれて緊張を解くなどの目的で、「語りかけ」に戻ることもあるが、主として、物語は対話で成り立っている。 会話が少なく、主にいわゆる「地の文」で展開される話を「地噺(じばなし)」と呼ぶ(『紀州』など)。

おもしろみのある話の源流は『竹取物語』、または『今昔物語』や『宇治拾遺集』に収められた説話にまでさかのぼる。

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2009年10月22日 15:31に投稿されたエントリーのページです。

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