日本の古文献でも「蝗害」について報告されているが、そのほとんどがいわゆる飛蝗(バッタ科)によるものではなく、イナゴ(イナゴ科)、ウンカ、メイチュウなどによるものと考えられている。狭い日本の土地では、バッタ科のバッタ(日本の場合にはトノサマバッタ等)が数世代にわたって集団生活をする条件が整いにくいため、飛蝗による蝗害は限定した時代・地域でしか発生していない。
古文献から、関東平野などでトノサマバッタによる蝗害が発生したことが推察されている。
近代になって明治時代から昭和初期にかけて、北海道の開拓地でも生じている。開拓に伴う森林伐採によってそれまで存在しなかった広大な草地が生じたことが原因と考えられており、開拓地の放棄に至ったケースも多い。1879年には十勝を始めとする道南で[31]、1880年に北海道の東南部で蝗害が報告されており[3]、静岡で北海道開墾を目的に設立された晩成社が発生源を調査している。蝗害は昭和の始めまで観察された。北海道の開拓地では、災害地への金銭的な補助の意味合いも兼ね、バッタの卵を買い取る制度があった。
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1971~1974年、沖縄本島の東方にある大東諸島でもトノサマバッタ群生相による蝗害が発生している。また、1986~1987年には鹿児島県馬毛島でも3000万匹のトノサマバッタが発生している。
現代の稀な例として、2007年、オープン直前の関西空港2期空港島でトノサマバッタが大量発生し、蝗害発生の条件となる群生相と見られる個体も見つかっている。大発生の原因は、天敵のいない孤立した島のためと考えられている